2018年11月18日(日)
名古屋市・イーブルなごやにて、あいち文学フォーラム主催のイベント
「声に出してあじわう連城文学の魅力」を行いました。
愛知県出身の作家・連城三紀彦氏の作品を、実際に声に出して、作品の魅力を味わいました。
<死の灯影とでもいうのか、何かこう暗い水面(みなも)に落ちた灯がさっと影を曳いて散りますような空しい灯でございまして──、はい、あの花街の色濃い紅と、女たちの着物の華やいで崩れた絵柄を包むその燈が何故か通夜の席に飾られる弔い提灯の儚い燈に似ていると、そんな気がするのでございます。>
「藤の香」 (『戻り川心中』より)
<いつものように和美は、葉二の腕の中で薄目を開けて、眠りに落ちかける間際の少女のようにあどけない顔をしている。和美は預金通帳のこともその金額のためにだけ自分があの女との関係を続けていたことも知っていたが、その顔はそんな邪心を奥深くに包みこみ、ただ無心に見える。>
「露ばかりの」 (『夢ごころ』より)
<その晩、康雄は夢を見た。 どこかの倉庫の棚の隅に手が古ぼけた機関車の玩具を探りあてた。塗料があちこち剥げ、赤錆をふいたネジは固くなっている。いくら必死に力をこめても動かなかった。そのうちに腹が立ち、傍のゴミ箱に、叩きつけるように棄てた。背を向けると同時に、だが不意にガタゴトと動き出す音が聞こえてきた。ふり返ると、確かに青いゴミ箱の底から、機関車が走り回っている音が湧きあがっている。叩きつけた衝撃で、直ったらしいのだが、薄闇の中で音だけを聞いていると、ゴミ箱の底で金属製の玩具が不思議な生命を得て生き物と変わって蠢きだしたような気がした。>
「棚の隅」 (『日曜日と九つの短編』『棚の隅』より)
<──ぼくのお父さんにそのラブレターがとどいたのは春休みにはいったつぎのつぎの日でした。お母さんが仕事でるすのときで、お父さんはめずらしくマジメな顔で読んでいましたが、ぼくがのぞきこむと大あわてでかくしてしまいました。そうして何日かたち、三月の最後の日の朝お父さんはそのピンクのラブレターをテーブルの上にのこして家出をしました。>
「恋文」 (『恋文』より)
<今日の午後、タヅはちょっと嘘をついて和広に好きな色の口紅を選ばせ自分の手に渡させた。少尉さんから貰えなかった口紅を四十年たって別の男の手を借りてタヅはやっと自分の手に握ったのだろう。もちろん自分の唇に塗りなどしない。この写真のように黄ばみ、褪せてしまった戦中の思い出に新しい口紅を塗ってみたかっただけだ。>
「紅き唇」(『恋文』より)
<Tとはずいぶんいろいろな遊びをしたが、その中でも一番鮮烈に記憶に残っているのは、ガード下に新聞紙を敷き、その上に正座して頭を下げ続けていたことだろう。どこかから拾ってきた空っぽのパイナップル缶を前におき・・・つまりは、物乞いの真似をして遊んだのだ。いや、遊びと言っていいのか、当人たちはひどく真剣で、横浜まで行く旅費を必死に稼ごうとしていたのだ。>
「悲体」(『悲体』より)
<葬儀の間も騒々しすぎる足音で働き回っていた母は、夜になり皆が帰ると、喪服を脱ぎかけたままで、ぼんやりと仏壇の前に座りこんだ。ただ疲れただけとは思えなかった。父は結婚生活という山登りでも歩きだしてすぐにへたりこんでしまったのだろう。そんな父を四十年背負い続け、やっとおろすことができた安堵と淋しさのようなものが、喪服の後ろ姿の極端に落ちた肩に覗いて見えた。>
「母の背中」(『六花の印 連城三紀彦傑作集1』より)
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