2018年12月17日月曜日

講演 連城三紀彦からの『恋文』その面影をたどれば…



20181215日(土)

名古屋市・長円寺会館にて、あいち文学フォーラム主催イベント「連城三紀彦からの『恋文』 その面影をたどれば・・・」を行いました。




第一部の講師は、浅木原忍氏。

『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド』を著した作家です。



ミステリ作家でデビューした連城氏だが、いわゆる一般的なミステリとは違う、ミステリでありながら、ミステリであることを否定したような作品、斜に構えたようなところが、連城作品の通奏低音としてある。

連城作品の代表作は、花をテーマにした「花葬シリーズ」の大正ロマンものが有名だが、全作品の中では10分の1にも満たない。「戻り川心中」のように、ありもしないことを、さもあったかのようにもっともらしく書くのが非常に上手い。

現代の夫婦関係を軸にした、どんでん返しを描いたサスペンスが、初期の連城作品の中核をなしていた。どれだけ読者を驚かせるかに命を懸けていたような文章。ありとあらゆる手段を使って読者を騙す連城氏の手筋に翻弄されてほしい。

連城氏の作品の最大の魅力はなにか?とんでもない逆転の発想を、説得力をもって書く技術。恋愛小説を書くようになっても、その発想が作品の根幹にある。

「どんな出来事も疑ってかからないと、商売にならない。現実にはありえないような突飛な思いつきでも、その突飛さの中から推理小説としての真実をみつけなければならない。」常識を疑う。読み進むと天地がひっくりかえるような衝撃を受けることが、連城作品の魅力である。


寝ても覚めても連城三紀彦の作家が、その作品の魅力をたっぷりと語られました。







後半は、本多正一氏(文筆家/写真家)、水田公師氏(連城三紀彦氏の甥)、市川斐子氏(あいち文学フォーラム代表)の3人で、連城氏との思い出を語りました。


連城氏が、自らの作品を朗読した映像と過去の写真を紹介しました。












連城氏は、とても恥ずかしがりやで、このようにスタジオで堂々と朗読している映像はとても貴重だ。連城氏はモノを残さない人という話をまわりの人からよく聞いていたので、直筆の原稿を残さないことに腐心されていた。名古屋に帰ってからは、母親の介護で多忙だったので、余程のことがない限り連絡はとれなかった。



伯父との思い出はいろいろあるが、いろんなことに迷いがあるというか、美意識が非常に強い人だったので、現実と理想のギャップを埋めるのが大変だったのではないか。作品を書くことでその溝を埋めていたのでは。



連城三紀彦展の表紙のデザインを手掛けた方のインタビュー録音や、学生時代に連城氏との思いでを多くもつ女性のお話など、連城氏をしのぶエピソードが満載の時間でした。







講演終了後は、場所を移し、名古屋駅近くのシネマスコーレにて、映画「棚の隅」を上映しました。



2006年作品。連城三紀彦原作・大杉漣主演。
別れた男と女の心のすれ違いと、思い通りにいかない人生の悲しみを、淡々とした生活描写の中に描いた作品です。派手な演出はないものの、登場人物の悩みや葛藤が現れていて、静かな感動を呼び起こします。


連城三紀彦の作品の素晴らしさとその人柄に、思いを馳せた一日でした。



2018年11月19日月曜日

声に出してあじわう連城文学の魅力


20181118日(日)

名古屋市・イーブルなごやにて、あいち文学フォーラム主催のイベント
「声に出してあじわう連城文学の魅力」を行いました。



愛知県出身の作家・連城三紀彦氏の作品を、実際に声に出して、作品の魅力を味わいました。









<死の灯影とでもいうのか、何かこう暗い水面(みなも)に落ちた灯がさっと影を曳いて散りますような空しい灯でございまして──、はい、あの花街の色濃い紅と、女たちの着物の華やいで崩れた絵柄を包むその燈が何故か通夜の席に飾られる弔い提灯の儚い燈に似ていると、そんな気がするのでございます。>

「藤の香」 (『戻り川心中』より)






<いつものように和美は、葉二の腕の中で薄目を開けて、眠りに落ちかける間際の少女のようにあどけない顔をしている。和美は預金通帳のこともその金額のためにだけ自分があの女との関係を続けていたことも知っていたが、その顔はそんな邪心を奥深くに包みこみ、ただ無心に見える。>

「露ばかりの」 (『夢ごころ』より)






<その晩、康雄は夢を見た。 どこかの倉庫の棚の隅に手が古ぼけた機関車の玩具を探りあてた。塗料があちこち剥げ、赤錆をふいたネジは固くなっている。いくら必死に力をこめても動かなかった。そのうちに腹が立ち、傍のゴミ箱に、叩きつけるように棄てた。背を向けると同時に、だが不意にガタゴトと動き出す音が聞こえてきた。ふり返ると、確かに青いゴミ箱の底から、機関車が走り回っている音が湧きあがっている。叩きつけた衝撃で、直ったらしいのだが、薄闇の中で音だけを聞いていると、ゴミ箱の底で金属製の玩具が不思議な生命を得て生き物と変わって蠢きだしたような気がした。>

「棚の隅」 (『日曜日と九つの短編』『棚の隅』より)






<──ぼくのお父さんにそのラブレターがとどいたのは春休みにはいったつぎのつぎの日でした。お母さんが仕事でるすのときで、お父さんはめずらしくマジメな顔で読んでいましたが、ぼくがのぞきこむと大あわてでかくしてしまいました。そうして何日かたち、三月の最後の日の朝お父さんはそのピンクのラブレターをテーブルの上にのこして家出をしました。>

「恋文」 (『恋文』より)






 <今日の午後、タヅはちょっと嘘をついて和広に好きな色の口紅を選ばせ自分の手に渡させた。少尉さんから貰えなかった口紅を四十年たって別の男の手を借りてタヅはやっと自分の手に握ったのだろう。もちろん自分の唇に塗りなどしない。この写真のように黄ばみ、褪せてしまった戦中の思い出に新しい口紅を塗ってみたかっただけだ。>

「紅き唇」(『恋文』より)






<Tとはずいぶんいろいろな遊びをしたが、その中でも一番鮮烈に記憶に残っているのは、ガード下に新聞紙を敷き、その上に正座して頭を下げ続けていたことだろう。どこかから拾ってきた空っぽのパイナップル缶を前におき・・・つまりは、物乞いの真似をして遊んだのだ。いや、遊びと言っていいのか、当人たちはひどく真剣で、横浜まで行く旅費を必死に稼ごうとしていたのだ。>

「悲体」(『悲体』より)






<葬儀の間も騒々しすぎる足音で働き回っていた母は、夜になり皆が帰ると、喪服を脱ぎかけたままで、ぼんやりと仏壇の前に座りこんだ。ただ疲れただけとは思えなかった。父は結婚生活という山登りでも歩きだしてすぐにへたりこんでしまったのだろう。そんな父を四十年背負い続け、やっとおろすことができた安堵と淋しさのようなものが、喪服の後ろ姿の極端に落ちた肩に覗いて見えた。>

「母の背中」(『六花の印 連城三紀彦傑作集1』より)






深みと細やかさをたたえた華麗な文体に、人間洞察に優れた描写。連城三紀彦氏の文章を、じっくりと味わった時間でした。




2018年11月9日金曜日

講演会「連城三紀彦からの『恋文』 その面影をたどれば……」のお知らせ

主催 あいち文学フォーラム

没後5年、生誕70年
連城三紀彦からの『恋文』その面影をたどれば……

■日程:2018年12月15日(土)

■文学講演会 講演開始時間14時(受付13時30分より)~16時15分
会場:長円寺会館ホール (名古屋市中区栄2-4-23
会費:2,500円(「連城三紀彦展」図録(小樽文学館)代を含む)
定員:150名(先着順)

第一部「連城文学の魅力」(14時~15時)
 講演者:浅木原 忍氏
 (作家 著書『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド』2017年3月刊行)

第二部 トークイベント「連城三紀彦の面影をたどる」(15時10分~16時10分)
 本多 正一氏 (文筆家/写真家「連城三紀彦展」図録(小樽文学館)編集)
 水田 公師氏 (連城三紀彦氏の甥)
 市川 斐子氏 司会兼(あいち文学フォーラム代表)


■映画観賞会 開始時間18時30分~20時(開場18時10分)
連城三紀彦原作『棚の隅』 大杉 漣主演
モントリオール映画祭2007年正式招待作品
会場:シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8-12
会費:1,000円  定員:60名(先着順)

※文学講演会及び映画鑑賞会ともに席に限りがありますのでお早めにお申し込み下さい。
お申し込み方法、お申し込み期限は下記をご参照ください。


■お申し込み・参加券のお求め
<E-mail> aichibungaku@yahoo.co.jp  または <Fax> 052-613-8511(市川) へ、
名前・住所・電話番号を記入、お申し込みの上、ゆうちょ銀行「払込取扱票」にて
下記口座にお振込みください。お振込み確認後、参加券をお渡し、又はお送りします。

*文学講演会のみの方は 2,500円。
 映画鑑賞会のみの方は 1,000円。
 文学講演会+映画鑑賞会の方は 3,500円。

*締め切り 1210日(月)
 振替口座 00890-0-136146 あいち文学フォーラム

■お問い合わせ Tel 090-5865-0089(市川) 090-7043-0159(上中)







■連城 三紀彦(れんじょう みきひこ)
1948年愛知県名古屋市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。映画好きで在学中にシナリオ勉強のためフランスへ留学。1978年、『変調二人羽織』で「幻影城」新人賞受賞。1981年、『戻り川心中』で日本推理作家協会賞受賞。1984年『宵待草夜情』で吉川英治文学新人賞受賞、同年『恋文』で直木賞受賞。1987年には得度し、浄土真宗大谷派の僧侶となる、法名は知順。1996年、『隠れ菊』で柴田錬三郎賞受賞。2013年、胃癌のため死去。2014年に日本ミステリー文学大賞特別賞受賞。他に『暗色コメディ』、『夜よ鼠たちのために』、『私という名の変奏曲』『黄昏のベルリン』、『人間動物園』、『造花の蜜』、『小さな異邦人』など著書多数。(『悲体』幻戯書房 プロフィールより)



■文学講演会  出演者プロフィール
 浅木原 忍氏(あさぎはら しのぶ)
 1985年青森県生まれ。北海道大学文学部卒。2007年より同人小説サークル「Rhythm Five」として活動。主に≪東方Project≫の二次創作でミステリー小説を発表している。2016年、同人誌として発行した『ミステリ読者のための連城三紀彦 全作品ガイド【増補改訂版】』で第16回本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。

 本田 正一氏(ほんだ しょういち)
 1964年栃木県生まれ。著書『プラネタリウムにて』(葉文館出版)、共著『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社)、写真集&写真展「彗星との日々」(光村印刷、銀座ニコンサロン)。『中井英夫全集』(東京創元社)、『シリーズ20世紀の記憶』(毎日新聞社)、『幻影城の時代 完全版』(講談社)、『薔薇の鉄策─村上芳正画集』(国書刊行会)などを編纂。2018年 市立小樽文学館「連城三紀彦展」を監修。

水田 公師氏(みずた こうじ)
 1967年生まれ。名古屋市在住。連城三紀彦氏の甥。晩年に至るまで連城さんの身近に暮らし、作家の素顔をよく知っている。

市川 斐子氏(いちかわ あやこ)
 1940年生まれ。名古屋市在住。2015年に仲間とともに「あいち文学フォーラム」を立ち上げ、以後代表。2006年に名古屋市が主催した連城三紀彦文学展及びトークイベントの企画に携わった時の連城さんとの思い出を持つ。






●あいち文学フォーラムは、当地の文学振興を目的に2015年に発足しました。
 参加・協力していただける方を募っています。

2018年10月14日日曜日

連城三紀彦作品を読む


20181014日(日)

名古屋・イーブルなごやにて、読書会「連城三紀彦作品を読む」を行いました。

連城三紀彦(1948-2013)は、「恋文」「戻り川心中」「隠れ菊」など、ミステリーや恋愛小説、舞台の脚本などを幅広く手掛けた、愛知県生まれの作家です。

今回の読書会では、「恋文」と「戻り川心中」をテキストに、各1時間、感想を話し合いました。




「恋文」 年下の夫としっかり者の妻、末期の病に侵された女性との三角関係を描いた、短編恋愛小説。

・男から見ると、郷子の強くて意地っ張りなところは、あまり好きではない人もいるのでは。自分を抑えている郷子にせつないものを感じた。
・ダメな主人にしっかりした奥さん。(読み手が)年齢を経てから読み方が変わったが、お互いを思いやる気持ち、という点は、昔から変わらない。
・悪人が出てこないので、どこか物足りない気もする。
・三角関係のバランスがよく出ていて、人間味が奥深く出ている。人間ドラマとしての描写が細かく、人間をよく描いている。
・(読み手は)男だが、郷子目線で読んでいた。将一は子供っぽすぎて共感できない。郷子のやきもきする思いがよく出ていた。
・読んでいるうちに、仏心がでてきて、それぞれの人物に理解できる気持ちになった。
・結末まで謎の部分を放りだして終わらせたのも、短編ミステリーらしい所。
 はっきりさせずに終わるのが物語の肝。
・それぞれの人物に、作家の個性や人生観が反映されている。




「戻り川心中」 大正末期の天才歌人が二人の女性を死に追いやり、自らも命を絶った真相を探る、詩情あふれるミステリー小説。

・はじめはミステリー小説とは思わなかった。主人公の苑田が本当にいた人物なのか気になって、ネットで調べてしまった。
・太宰治や竹久夢二を思わせる、幻想的なイメージ。
・計算しつくされていて、歌に合わせて自己を追い詰めるが、はたして人を死なせてまで人を感動させる歌が作れるのか。
・予定調和的な展開なので、やりきれなさを感じる。
・厭世的な時代背景があり、破滅的な歌人の人生が伝わる描き方。
・設定に興味がわきやすく、主人公のそれぞれの時期の歌の上手い下手を書き分けた、作者の腕がすごい。
・技巧が追い付いていない歌人の苦しみを、もう少し伝えてほしかった。
・犯人探しではなく、彼が本当に愛した女性は誰か、に焦点が当てられていたところは、作者が新しいミステリー小説の開拓を、狙って描いていた。
・どこか冷めている印象があった。作者本人にもそういう人間性があるのでは。
・芸術が先行して、現実を形づくっていく小説。




話し合うごとに、新たな感想や意見が次々と出てきて、時間が足りないくらいに盛り上がりました。


次回のイベントは1118日(日)に、連城三紀彦作品の朗読を予定しています。


2018年7月13日金曜日

文学散歩「文学と歴史の道」


2018712日(木)

あいち文学フォーラム主催のイベント「文学散歩・文学と歴史の道」を行いました。
幕末の尾張徳川家ゆかりの地などを、マイクロバスで巡る旅です。


名古屋から出発して、清州市の瑞正寺へ。





この地より北方に尾張藩の刑場があり、処刑された罪人の菩提を弔う宝塔があります。
処刑された尾張藩士は、処刑前にこの宝塔を拝んでから刑場の露と消えた、といわれます。




愛西市の、尾張藩横井家知行所・赤目城址。




この近辺の甚目寺佐織線は、尾張藩主がしばしば鷹狩りに出掛けたことで知られています。




昼食は、桑名市の「歌行燈」で、はまぐり膳をいただきました。











その後、六華苑(旧諸戸清六邸)へ。








山林王と呼ばれた桑名の実業家・二代目諸戸清六の邸宅として大正2年に竣工しました。







重要文化財の洋館と和館と、広大な庭園が見事な名勝地です。




六華苑を出た後は、船津屋界隈を散歩します。
かつての宿場の本陣で、泉鏡花が宿泊した船津屋は、彼の作品「歌行燈」では湊屋として登場します。





「古い家ぢゃが名代で。前には大きな女郎屋ぢゃったのが、旅籠屋に成ったがな、部屋々々も昔風其のまゝな家ぢゃに、奥座敷の欄干の外が、海と一所の、大い揖斐の川口ぢゃ。」
(泉鏡花「歌行燈」より 明治43年)








はまぐりの磯の香りを味わい、名古屋から桑名への歴史と文学の道を学んだ一日でした。